大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

釧路地方裁判所帯広支部 昭和46年(ワ)77号 判決

原告 福沢一雄

被告 国

訴訟代理人 宮村素之 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、(当事者双方の申立)

一、原告

「被告は原告に対し五四五万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年三月二八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二、(原告の請求の原因)

一、原告は、昭和四四年五月六日釧路家庭裁判所帯広支部において中等少年院送致の決定を受け、帯広少年院に収容されたのであるが、同少年院の職員に対する暴行および逃走未遂事件を起こしたことにより同年九月八日神奈川県にある久里浜少年院(特別少年院。以下、少年院という。)に移送収容され、当初は少年院の木工科で補導訓練を受けていて、昭和四五年五月一日からは山崎岩夫(以下、山崎という。)、船田雅光(以下、船田という。)および自戸昭次(以下、白戸という。)らと共に自動車科に編入されると同時に、右三名と少年院の東二学寮二四号室(以下、二四号室という。)において起居を共にするようになつた。

二、原告は、昭和四五年六月二八日午後一〇時三七分頃右二四号室において山崎に釘で右眼、右上腕関節部、右側咽喉部、右大腿部等数ヵ所を刺され、その結果現在右眼の視力がなく、回復不能の失明状態にある。

三、(1)  少年院は家庭裁判所から送致された少年を収容し、これに対し矯正教育を授ける施設で法務大臣の管理の下にあり、法務大臣の部下たる少年院の職員は収容されている少年の全生活を十分に把握しこれを補導すべき責務を負うと解すべきところ、原告および山崎らを担当する少年院の職員(以下、少年院側という。)には、原告と山崎とが前記傷害事故(以下、本件傷害事件という。)発生に至るまで一週間位仲違いをし互に口もきかない間柄にあつたにもかかわらずこれを看過ごすとともに山崎に釘を保持する機会を与え、本件傷害事故の発生を未然に防止できなかつた過失がある。よつて、被告は国家賠償法第一条一項により原告に対し本件傷害事故による原告の損害を賠償すべき義務がある。

(2)  山崎が釘を保持し本件傷害事故を起こしたのは少年院の施設の不備に基づくものである。よつて、被告は国家賠償法第二条一項により原告に対し本件傷害事故による原告の損害を賠償すべき義務がある。

四、原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  労働能力喪失による損害 三四五万五、〇〇〇円

原告は、昭和二七年三月二八日出生したものであり、満一九才二カ月(本訴提起時)の至極健康な身体を有するからその平均余命は五一・一二年(厚生省第一二回生命表による。)であり、そのうち四三年は就労可能である(本来なら四四年は就労可能であるが、本件傷害事故が発生しなかつたと仮定すれば、原告は満二〇才まで少年院に収容されていたであろうと推定されるから。)。ところで、昭和四三年労働省労働統計調査部の賃金構造基本統計調査による全産業男子労働者の学歴および年令別の小学新制中学卒業者の満一八才乃至一九才の少年労働者一人当りの平均月間給与額は二万八、三〇〇円で年収は三三万九、六〇〇円であり、原告も前記就労可能年数四三年の間は右と同程度の収入を得られる筈であるから、これの総収入をホフマン式計算による現在価に引き直すと七六七万八、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)となり、本件傷害事故のため全労働力の四五パーセントを喪失したと考えられるから、右労働力の喪失による損害額は三四五万五、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)である。

(2)  慰籍料 二〇〇万円

原告は、前記のとおり少年院の中で異常極まる方法で残酷な傷害を受け、通常人であるならば相当期間入院して治療を受けたであろうと思われるが、その苦痛に堪えながら毎日横須賀市まで通院して治療を受け、その揚句一眼を失明するに至つたのであるから、これらによる精神的苦痛を慰籍すべき金額としては二〇〇万円が相当である。

五、よつて、国家賠償法一条一項または同法二条一項により、原告は被告に対し、前記不法行為によつて受けた損害の賠償として五四五万五、〇〇〇円および右金員に対する原告が成人に達する昭和四七月三月二八日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、(被告の答弁)

一、請求の原因一記載の事実は認める。

二、同二記載事実のうち、原告の右眼の視力が回復不能であるという点は争う。その余の事実は認める。

三、(1)  同三、(1) 記載の事実は否認する。

少年院側としては、突発的な事故を防止すべく、あらかじめ原告と山崎らを自動車科に編入し、二四号室に起居せしめるにあたつて従来の少年院における成績、相互の対人関係等に配慮し、少年院内の巡回監視を日夜怠らず、日頃院生が起こす暴力事故において兇器として使用するおそれのある危険物の点検と排除を厳重に励行していたのである。しかるところ、本件傷害事故はこの巡回監視の間げきをついて突発的に発生したもので、防止しようがなかつた。しかも本件傷害事故で使われた釘は二四号室の壁に掲示板を固定するために使用されていたものであるが、山崎あるいはそれ以前の収容者において時間をかけてこれを何時でも抜けるような状態にしておき、しかも外観上そのことが発覚しないように悪意をもつて工作しておいたものであつて、少年院側が釘の所持防止についての注意義務を怠つたということはできない。

(2)  同三、(2) 記載の事実は争う。

国家賠償法二条一項にいう「営造物の設置又は管理の暇疵」とは営造物が通常有すべき安全性を欠くとか、本来備えるべき安全性を欠く状態をいうのであつて、本件のような事案について被告が責任を問われる場合があるとすれば、少年院教官の監護義務懈怠をもつて決すべきである。

四、同四記載の事実のうち原告が昭和二七年三月二八日に出生したことは認め、その余の事実は争う。

五、同五記載の事実は争う。

第四、(証拠関係)〈省略〉

理由

一、請求の原因一記載の事実については当事者間に争いがない。

二、同二記載の事実のうち原告が昭和四五年六月二八日午後一〇時三七分頃久里浜少年院の東二学寮二四号室において山崎に釘で右眼、右上腕関節部、右側咽喉部、右大腿部等数力所を刺され、その結果現在原告の右眼の視力がないことについては当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、本件傷害事故直後においては失明を回避できる可能性も見込まれていたが昭和四六年四月頃には原告の右眼は眼底視神経が蒼白で萎縮し視力なく、現在回復不能の失明状態にあることが認定でき、この認定に反する証拠は何ら存しない。

三、そこで、本件傷害事故の発生につき少年院側に過失があつたかどうかについて考えることとする。

(一)  まず、原告は、少年院側に「原告と山崎とが本件傷害事故発生に至るまでの一週間位仲違いをし互に口もきかない間柄にあつたにもかかわらずこれを看過ごした」ことに過失があると主張するので、この点につき判断する。

当事者間に争いがない前記一記載の事実ならびに成立について争いがない〈証拠省略〉現場検証の結果を綜合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(1)  昭和四五年五月一日原告、山崎、船田および白戸の四名(以下、原告ら四名という。)は、自動車科に編入されると同時に二四号室で起居を共にするようになつたのであるが、原告において部屋の掃除や食卓の後始末等共同して行うべきことを進んでやろうとしなかつたため、山崎から注意されたことがあり、また教官が山崎をえこひいきする反面原告を特にいじめるといつたねたみやひがみを持ち、山崎に対し悪感情をもつようになつた。他方山崎や船戸も原告に対しては良い感情を抱いていたわけではたく、山崎、船戸および白戸の三名において部屋替をしてもらうことを相談し、山崎が教官に対し相談しかけたことがあつたが、たまたま土曜日であつたため、相談を中途でやめたことがある。そして本件傷害事故一週間位前からは、山崎と原告とは互にあまり口をきかなくなり、互に話しかけても「うん。」とか「あー。」とか返事をするだけの状態にあつたのである。しかし、原告および山崎において日記に書きしるしたり、教官に直接訴える等して右状態を解消するなどの行為に及ばなかつた。

(2)  昭和四五年六月二八日午後八時過ぎ頃、就寝間際になつて、右二四号室にプロ野球の実況放送が流されていた時、原告が歌謡曲を歌い始めたので、ラジオを聞いていた山崎において「ラジオが聞きずらいから静かにしてくれ。」と注意したところ原告が「別になんともないべ。この程度だつたら聞こえるだろ。」と言つて歌い続けたことから、右両名の間で「わかんないのか。なにか面白くないことがあるのか。このがき何ができるのか。」(山崎)、「よし明日実科で勝負してやる。」(原告)、といつた口論になつた。双方とも腹が立つてなかなか寝つかれないでいたが、原告が寝入つてしまつた同日午後一〇時三七分頃、山崎は二四号室北側の壁の掲示板を固定してある釘長さ一一センチメートル位のもの(以下、本件釘という。)を抜き、その頭部を半分にさいた手拭で巻いて指の間にはさみ、寝ている原告の上に股がりこれで原告の顔面、腹部、腕等をさし、続いて船戸が原告の体を足げにして、右山崎の所為の結果前記二の傷害が生じた。

(3)  少年院側としては、前記原告ら四名を二四号室に起居させるにあたつて、過去少年らに対して行われた各種検査の結果および少年院内における少年らの成績ならびに少年らの経歴等を考慮しており、その後も、個別面接、集団討議、日夜行う巡回、少年らに日記をつけさせること等を通して少年らの抗争の原因を取り除くことに努力しており、特に昭和四五年六月一日には教官平井久雄において原告ら四名を含む自動車科の八名の少年らに対してその対人関係を把握するためにソシオメトリーなる心理学的検査をも実施したが、山崎と原告との仲違いを発見することができなかつたのである。

右の認定に反する証人稲葉清作の証言部分および原告本人の供述部分は前掲証拠およびそれにより認定した事実に対比して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認められる事実によれば、本件傷害事故の遠因の一つが山崎と原告との仲違いにあつたことは間違いないが、その直接的、決定的原因が本件傷害事故当夜の原告の他人の迷惑をもかえりみない態度にあつたのであつて、これは船田において山崎に加勢した理由を「ラジオがかかつている時間中に福沢が歌を歌つたことでその二人の間で口論となり……、私は山崎と仲が良いし、その時は福沢が悪いと思つていたので……」と述べていることからみても明らかであり、本件傷害事故が突発的な事件といわれてもやむをえないのである。そして、前記のとおり少年院側として少年らの抗争の原因を取り除く真剣な努力をつくしていたのであるから、「山崎と原告との仲違いを発見できなかつた」点について過失があるとしてその責任を問うことはいささか酷に過ぎると考えざるをえないものである。(尤も前記のとおり山崎において教官稲葉に対し相談をもちかけたことが認められるが、その経緯から推察し結局山崎において教官に訴えてまで原告との不仲を解消する緊急の必要を感じなかつたと考えるのが相当であるが、かかる場合のみでなく、あらゆる機会をとらえて積極的に少年らの抗争の原因を取り除く手段をより充実させかつ一層の努力を教官がする必要が為ることはいうまでもなく、その裏付けとして少年院の人的物的施設の充実が望まれることを付言する。)

(二)  つぎに原告は、「山崎に釘を保持する機会を与えた」ことに過失があると主張するので、この点につき判断する。

本件釘が二四号室北側の壁に掲示板を固定するのに使われていたものであつたことは前記認定のとおりであり、〈証拠省略〉を綜合すると次のとおりの事実を認定することができる。

(1)  原告ら四名は、二四号室に入室するようになつてから一〇日位経つた時点において、既に、右掲示板に手をかけて引つぱるとこの左右いずれかの一方(本件釘が掲示板の左右いずれか一方を固定していたものであるか判然としないが、後記手で容易に抜ける状態の釘は一本であつた。)と壁との間に隙き間が生じ、右隙き間の生ずる側を固定していた本件釘が手で容易に抜けるようになつていたことを知つており、原告自身も掲示板に手をかけて引つぱつたり、本件釘を抜いてみたことがある。そして、右掲示板は手をかけて引つばらなければ外見上壁と密着している状態にあつたのである。

(2)  ところで、少年院側としては、毎月一回定期に、毎週一回不定期に居室の捜検を行い、少年らが実科から帰るときには道具箱の点検、員数表との突き合わせ、身体検査、教室においては所持品の検査を実施していたが、本件釘が手で抜ける状態にあつたことを察知できなかつた。そして、原告は、少年院がこれらの捜検等を実施していたことを知つていたのであるが、少年院側に対し本件釘が手で抜ける状態にあることを知らせなかつた。

(3)  少年院における昭和四四年四月一日から昭和四五年六月二七日までの間に発生した少年間の暴力事故は合計八三件あり、そのうち寮舎居室内において器具を使用してなされたのは八件であり、その多くは座机、窓わくといつた比較的大きな物を使用しており、その他は、ボールペンを使用したものが一件、ペン軸を使用したものが一件でいずれも傷害の結果は生じていない。そして、他の少年院においても釘を兇器として使用したものはない。

右認定に反する証人山崎岩夫の証言部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の認定事実によると、少年院側としては不必要な物品の所持を防止すべく、相当の措置をとつていたことがうかがわれ、居室内における捜検においては窓わく等通常兇器として使用される大きな物などを念頭におくと共に、逃走や不必要な物品の所持を防止することに専念していたのであつて、本件傷害事故の場合には、少年らにその盲点をつかれたといつても過言ではないであろう。しかしながら、通常一本の釘がそれだけで兇器として使用されていないことは前記認定のとおりであり(通常、いれ墨、自傷行為に使用されることは容易に推測されるところである。)、原告ら四名において本件釘が手で容易に抜ける状態にあることを知つており、しかも少年院側が釘等の不必要な物品の所持を禁止し、居室の捜検、身体検査等を実施していることを知つていながらこれを少年院側に告知せずむしろ秘匿する態度であつたことおよびたまたま使用されたものが釘であつたに過ぎず、また他の器具例えばペン軸、ボールペン等居室内に備えつけられた物を使用しても暴行傷害につ音ほぼ同じようた結果を予想できること等を併わせ考えると、少年院側に「山崎に釘を保持する機会を与えた」点につき過失ありとしてその責任を問うことはあまりに結果に重きをおくものであつて、相当でないとの結論に達する。(尤も、証人藤正健の証言および検証の結果によれば、右二四号室においては、三橋某なる少年が室内等で入手した釘を使用して壁に文字等を彫つたこともうかがえ、特別少年院に収容される少年の年令、性格等を考慮すれば、居室の捜検等はより丁重に行なわれるべきであつたとも考えられるので、少年院側に俗にいう「手落ち」が全くなかつたとは断じ難いのであるが本件傷害事件のように主として原告に多大の過失が存する場合にまでこれをもつて、国家の損害賠償義務の原由となる法律上の過失の責任を少年院側に問うとまでいうのは妥当な結論とはいえない。)

四、さらに原告は、山崎が釘を保持し本件傷害を起こしたのは少年院の施設の不備に基づくものであるから、国家賠償法二条一項により被告に対し本件傷害事故により原告の蒙つた損害の賠償を求めると主張するが、国家賠償法二条一項にいう「営造物の設置又は管理の瑕疵」とは被告の主張するように営造物が通常有すべき安全性を欠いていることを指すのであつて、前記認定のとおり、少年院内において通常釘が本件傷害事故のような兇器に使用されることはないのであるから、ただ本件釘が手で容易に引き抜ける状態にあつたからといつて、少年院たる施設の設置又は監理に瑕疵があつたということはできない。(なおこの点につき被告主張の「少年院教官の監護義務懈怠」については、それが否定されることは上述のとおりである。)

五、したがつて、その爾余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことになるからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志 堀内信明 井深泰夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例